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茨交県北バス 水戸22あ・830


茨交県北バス 水戸22あ・830/日野P-HT225AA+富士重工業(5E)

この車も万博車の末裔ですが、県北への移籍時期の関係か、
同型式の837や867と異なり、大子営業所生え抜き車のように、
後部のストライプが、新製当時のままの姿である、
赤色の太帯と青色の細帯の組み合わせになっている点が
細かいながらも、なんといっても最大の特徴です。

いつの間にか、995と入れ替わりで大子町特定車になっており、
併せて側面に「特定」や「大子町」のステッカーが貼られています。
県北は規模の割に特定車を多数有していて、
しかも車種も仕様も用途もまちまちなので、
ここら辺の動きが判然としないのですが…。

前面方向幕周囲が黒色でないのも、また、
5Eに限らず、この時期の茨交の特徴でした。
同様の仕様は僅かながら他事業者でも見られますが。

RT22系に比べ、HT22系の走行音は、
注目される機会が少ないのですが、
RC3系譲りのER200のサウンドはなかなか迫力があります。

茨城オート 81J/茨交県北バス 水戸22あ・574


茨交県北バス 水戸22あ・574/日野K-RJ172AA+日野車体(Rainbow)

元茨城オートの81Jで、1983年式にも関わらず、
2007年に茨交県北バスへ移籍しました。
移籍に際して、微妙な塗装へと塗り替えられていますが、
屋根上に微妙にオート時代の橙色が顔を覗かせています。
黒のバンパーや、前面の系統番号サボのサボ受け、
そしてちょっと幅の狭い前面方向幕などもそのままでした。

経年車ながらも車令24年にして移籍したのは、
オートに大量に在籍していた一つ目RJの中では、
81Jのみが唯一、車体更生を受けたからだと推察されます。
オート時代は、オートの一つ目RJとしては唯一、
11J以降の新塗装(地色が黄色に近い、社紋が緑、社名が黒)へと
塗り替えられていてなかなか目立つ存在でした。

内装も更生の際にかなり手が入れられていて、
木床だった床はイボつきの床材張りとなり、
座席は灰色系の柄物へ、内張りは灰色から白色へ、
という具合になっていて、新車同然の輝きでした。

さすがに寄る年波には勝てなかったようで、
写真のように2009年に廃車となりました。
県北での活躍期間は短かったものの、ここまでくると、
大往生というか、天寿を全うしたという感じですね。

現存する同型式で1983年式の654に対して、
前面方向幕周囲の造作が初期型となっている車も、
県北ではこれが最後の存在でした。

乗降口側の写真がついに撮れなかったのですが、
1982年式まで前扉横にあった側面方向幕は、
1983年式から後扉横となっているのもポイントです。
91J、92Jのような腰板部ではなく側面窓部、つまり、
93J以降と同じ位置に設置されています。

茨交県北バス 水戸22あ・995


茨交県北バス 水戸22あ・995/日野P-RB145AA+日野(RainbowRB)

茨交では、この中後折扉とでも言うべき小型車7両が、
大子営業所、笠間営業所、茨大前営業所(石塚車庫常駐)に、
1986年にそれぞれ投入されています。
茨大前では、石塚車庫―岩下入口―茂木駅に、
笠間では、笠間駅―岩下入口に、
笠間及び茨大前に投入された車は貸切登録で、
七会方面の代替バス(旧21条)に使用されていましたが、
小型車故の耐久性のなさが災いしてか、
1998年から1999年にかけて、リエッセが投入され、
これらはあっさりと置き換えられてしまいました。

その一方で、県北ではこのように今も活躍を続けています。
前輪タイヤハウス上の空間が犠牲になってることを除けば、
車内は二人掛け+一人掛けで立席が確保され収容力もあり、
なかなか使い勝手が良いのも残存した理由だと思いますが、
その割には車庫で寝ていることが多い気もします。

この車は一時期、大子町の特定車として、
貸切登録になっていましたが、昨年11月頃に、
830と入れ替わりに乗合転用がなされたようです。

角ばったスタイリングや扉配置も相まって、
小さくても路線車然としているところがいい感じですね。