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茨城オート 水戸200か・744

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茨城オート 水戸200か・744/PJ-KV234N1+日野BlueRibbonⅡ

水戸飯富養護学校の特定車で、
茨交の那珂湊営業所常駐の車です。
1979年に養護学校の義務化が行われた際、
県内の大手事業者が引き受けようとしなかった、
養護学校のスクールバス運行を受注したのが、
茨城オートと常南交通の二社で、以降、随意契約で
県北、県央をオートが、県南、県西、鹿行を常南が、
それぞれ担当してきました。

しかし、2001年以降、競争入札による契約への移行が
段階的に進められていて、新規事業者の参入も散見されます。
中にはダンピング等で無理な価格を設定する事業者も少なくなく、
運転士さん、付添の介護担当者さん、車両がコロコロ変わることで、
不安を感じる生徒や保護者も多い、という問題が出てきています。

さて、経営共創基盤傘下での一連の経営再建政策として、
茨交県北バスに続き、茨城オートの茨交本体への統合が
先頃、発表されました。2010年6月1日に統合されるとのことで、
このスクールバス事業の動向も注目されるところではあります。
既に先行して茨交10系統のオートとの共同運行化や
水戸漫遊1日フリーきっぷのオートとの共用化がなされた他、
来る2010年4月1日より回数券共通化もなされます。
某社の回数券を買いそびれたままにしていたら、
突然、路線撤退が発表されて苦い思いをしたという、
苦い経験を私はしておりますので、お気をつけください。
余談ですが、水戸漫遊1日フリーきっぷに関しては、
コみケッとスペシャル5 in 水戸バージョンも限定販売されていますね。

帝産オートの水戸地区撤退にあたっては、当初、帝産と茨交との
共同出資による新会社設立も画策されていたようですが、
一転して現在の茨交の完全子会社としての形に落ち着きました。
その段階から、どうも将来的な経営統合の計画もあったようですが、
そこには色々と複雑な事情があったようで、先延ばしとなり、
39年経た今年になって漸く、しかも茨交本体の経営破綻を背景に、
遂に悲願だった統合を果たすというのは驚きの展開です。

路線車の方は茨交の塗装になるものと予想されますが、
特定車の方は果たしてどうなるのでしょうね。

茨城オート 水戸22あ2017/茨交県北バス 水戸200か・996


茨城オート 水戸22あ2017/日野KC-RR1JJAA+日野車体(Rainbow)

勝田養護学校の特定車です。
トップドアにメトロ窓で、ハイパックシートが並ぶ、
オートの特定車としては標準的な仕様です。
どういう訳か特定車は路線車に比較して、代替が早く、
同型車の廃車が進んでいる中で、この車は、
茨交県北バスへと移籍し、殆どそのままの姿で、
福祉施設の特定車として使用されています。

茨交県北バス 水戸200か・996/日野KC-RR1JJAA+日野車体(Rainbow)

塗装はもちろん、前面のサボ受けなどもそのままで、
せいぜい「特定」と「大子町」のステッカーが目立つ程度で、
オートからの転属車が一定数いる県北とはいえ、
さすがにアウェー感が半端ない状態です。
同じ水戸ナンバーにも関わらず、81Jと異なり
こちらはなぜか再登録してあるのは気になるところです。

茨交県北バスは本日より、十数年振りに、
茨城交通大子営業所へと戻るわけですが、
統合によって車両代替が進むのか、注目していきたいですね。

茨城オート 81J/茨交県北バス 水戸22あ・574


茨交県北バス 水戸22あ・574/日野K-RJ172AA+日野車体(Rainbow)

元茨城オートの81Jで、1983年式にも関わらず、
2007年に茨交県北バスへ移籍しました。
移籍に際して、微妙な塗装へと塗り替えられていますが、
屋根上に微妙にオート時代の橙色が顔を覗かせています。
黒のバンパーや、前面の系統番号サボのサボ受け、
そしてちょっと幅の狭い前面方向幕などもそのままでした。

経年車ながらも車令24年にして移籍したのは、
オートに大量に在籍していた一つ目RJの中では、
81Jのみが唯一、車体更生を受けたからだと推察されます。
オート時代は、オートの一つ目RJとしては唯一、
11J以降の新塗装(地色が黄色に近い、社紋が緑、社名が黒)へと
塗り替えられていてなかなか目立つ存在でした。

内装も更生の際にかなり手が入れられていて、
木床だった床はイボつきの床材張りとなり、
座席は灰色系の柄物へ、内張りは灰色から白色へ、
という具合になっていて、新車同然の輝きでした。

さすがに寄る年波には勝てなかったようで、
写真のように2009年に廃車となりました。
県北での活躍期間は短かったものの、ここまでくると、
大往生というか、天寿を全うしたという感じですね。

現存する同型式で1983年式の654に対して、
前面方向幕周囲の造作が初期型となっている車も、
県北ではこれが最後の存在でした。

乗降口側の写真がついに撮れなかったのですが、
1982年式まで前扉横にあった側面方向幕は、
1983年式から後扉横となっているのもポイントです。
91J、92Jのような腰板部ではなく側面窓部、つまり、
93J以降と同じ位置に設置されています。