茨城オート」カテゴリーアーカイブ

茨城オート 81H


茨城オート 81H/日野KC-HT2MMCA+富士重工業(7E)

1996年には81H、82Hの2両の大型車が投入されましたが、
登録番号が続番なのにも拘わらず、どういう訳か
81Hは富士重工業製、82Hは日野車体工業製、というように
車体メーカーが分けられており興味深いところです。

日野を主力としてきたオートでは、かつてRE120などで
日野のシャシーに富士重工業製の車体を架装していた
時期もありましたが、その組み合わせは暫く途絶え、
日野のシャシーに日野車体工業製の車体を架装するのが、
路線車に関しては長らく標準となっていました。

そのような中で、1996年に至り、突如として再び
日野のシャシーに富士重工業製の車体を架装する
路線車が登場したことは不思議な感じがします。
とはいえ、貸切車に関しては例えば、
U-RU2FTABに富士重工業製7HDを架装した車や
U-RU3FSABに富士重工業製7Sを架装した車等
日野のシャシーに富士重工業製の車体を架装した
貸切車は比較的近年でも投入されていました。

なお、親会社である茨城交通では、
P-HT225AAに富士重工業製5Eを架装した車が
つくば科学万博に併せて投入された万博車の中に
存在していますが以降、その組み合わせはありません。

車体は違えども標準尺に銀サッシの組み合わせ、
という仕様は基本的に71Hを踏襲しています。
なお、銀サッシでの導入としてはこの年が最後で、
次の101Hからは黒サッシへと変わります。
日野車体工業製車体の方はメーカーの仕様変更で、
角型ヘッドライトになった点が目立ちますが、
富士重工業製車体の方では7Eの場合、
元々角型ヘッドライトなので特に目立ちません。
テールランプが角型へと変更されたことや、
ミッションがフィンガーシフトとなったことも、
メーカーの仕様変更によるものです。

非常口側の開口部が実に日野らしいですね。

茨城オート 113H


茨城オート 113H/いすゞP-LV314K+富士重工業(5E)

東京都交通局中古車で、1999年に112Hと共に
オート初の中古車、かつ、いすゞ車、かつ、5Eとして、
投入された車で登場時はかなり目立つ存在でした。
1988年式で都営時代はT代の局番だった車です。
なお、同型車は茨城交通にも多数投入されていて、
中には、水戸200か・・36という112H・113Hと続番の
登録番号を名乗っている車も存在しており、
水戸市内では塗装が異なる同型車同志が
すれ違う光景も見ることができます。

サイドミラーがいわゆる幽霊ミラーであること、
屋根上に弁当箱と呼ばれる角型通風器を持つこと等、
いずれも都営時代の仕様を色濃く残していますが、
112Hはサッシを黒色に塗り替えたにも拘わらず、
113Hはサッシは銀色のままとされており、
その点で、こちらの方が原形を留めていると言えます。

とはいえ、オートらしく細々と手が入れられていて、
前面のナンバープレートの位置が変更されている他、
前扉上にも足元灯が増設されていること、
バンパーを銀色から黒塗りへと改められたうえで、
系統番号サボ用のサボ受けを付けたこと、
中扉前方にあった車外スピーカーを撤去したうえで、
前扉後方と中扉後方に車外スピーカーを新設したこと、
前面方向幕が横方向が少々詰められたものに、
側面方向幕が標準サイズのものに、各々交換されたこと等、
茨交の同型車と比べると原形と異なる点も多いです。
特に側面方向幕は違和感のある仕上がりとなっています。

2008年に112Hが廃車となって以降も、
オート最後の5Eとして活躍を続けてきましたが、
2009年に211Jの投入により廃車となりました。

茨城オート 82H


82H/日野KC-HT2MMCA+日野車体(BlueRibbon)

1996年には大型車が81H、82Hの2両投入されましたが、
どういう訳か 81Hは富士重工業製、82Hは日野車体工業製、
というように 車体メーカーが分けられており興味深いところです。
この車はそのうち日野車体を架装した方です。
なお、81H、82Hの登録番号は続番となっています。

外観的にはメーカーの標準仕様の変更を受けて、
角型ヘッドライトと角型テールライトが採用された点が
前年投入の71Hと比べるとなんといっても目立ちます。
しかし、それ以外の差異は、車外スピーカーが
丸型から角型に変更された程度で、
引き続き、側面窓が銀サッシの二段窓となったため、
車体メーカーが変更された81Hと比べると、
どうも地味な印象となっています。

銀サッシでの導入は、このロットが最後となり、
2年後に投入された101Hからは黒サッシへと変わります。