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茨城オート 81J/茨交県北バス 水戸22あ・574


茨交県北バス 水戸22あ・574/日野K-RJ172AA+日野車体(Rainbow)

元茨城オートの81Jで、1983年式にも関わらず、
2007年に茨交県北バスへ移籍しました。
移籍に際して、微妙な塗装へと塗り替えられていますが、
屋根上に微妙にオート時代の橙色が顔を覗かせています。
黒のバンパーや、前面の系統番号サボのサボ受け、
そしてちょっと幅の狭い前面方向幕などもそのままでした。

経年車ながらも車令24年にして移籍したのは、
オートに大量に在籍していた一つ目RJの中では、
81Jのみが唯一、車体更生を受けたからだと推察されます。
オート時代は、オートの一つ目RJとしては唯一、
11J以降の新塗装(地色が黄色に近い、社紋が緑、社名が黒)へと
塗り替えられていてなかなか目立つ存在でした。

内装も更生の際にかなり手が入れられていて、
木床だった床はイボつきの床材張りとなり、
座席は灰色系の柄物へ、内張りは灰色から白色へ、
という具合になっていて、新車同然の輝きでした。

さすがに寄る年波には勝てなかったようで、
写真のように2009年に廃車となりました。
県北での活躍期間は短かったものの、ここまでくると、
大往生というか、天寿を全うしたという感じですね。

現存する同型式で1983年式の654に対して、
前面方向幕周囲の造作が初期型となっている車も、
県北ではこれが最後の存在でした。

乗降口側の写真がついに撮れなかったのですが、
1982年式まで前扉横にあった側面方向幕は、
1983年式から後扉横となっているのもポイントです。
91J、92Jのような腰板部ではなく側面窓部、つまり、
93J以降と同じ位置に設置されています。

茨交県北バス 水戸22あ・995


茨交県北バス 水戸22あ・995/日野P-RB145AA+日野(RainbowRB)

茨交では、この中後折扉とでも言うべき小型車7両が、
大子営業所、笠間営業所、茨大前営業所(石塚車庫常駐)に、
1986年にそれぞれ投入されています。
茨大前では、石塚車庫―岩下入口―茂木駅に、
笠間では、笠間駅―岩下入口に、
笠間及び茨大前に投入された車は貸切登録で、
七会方面の代替バス(旧21条)に使用されていましたが、
小型車故の耐久性のなさが災いしてか、
1998年から1999年にかけて、リエッセが投入され、
これらはあっさりと置き換えられてしまいました。

その一方で、県北ではこのように今も活躍を続けています。
前輪タイヤハウス上の空間が犠牲になってることを除けば、
車内は二人掛け+一人掛けで立席が確保され収容力もあり、
なかなか使い勝手が良いのも残存した理由だと思いますが、
その割には車庫で寝ていることが多い気もします。

この車は一時期、大子町の特定車として、
貸切登録になっていましたが、昨年11月頃に、
830と入れ替わりに乗合転用がなされたようです。

角ばったスタイリングや扉配置も相まって、
小さくても路線車然としているところがいい感じですね。

茨交県北バス 水戸22あ・777


茨交県北バス 水戸22あ・777/いすゞP-LR312J+川重車体工業(Journey K)

この車も元は茨交本体にいた車です。
茨大前営業所に配置されていましたが、
特筆すべきは石塚車庫常駐ではなかったにも関わらず、
今は亡き、代替バス路線である石塚―茂木駅間の路線に、
予備車としてしばしば運用されていたことです。

というのも茨大前営業所所属の車ではあっても、
石塚車庫常駐の車は、石塚方面の40番台の系統を中心に
もっぱら運用されていて、逆に、
他の茨大前所属の車が石塚方面に来ることは稀だからです。
こうした傾向は現在でもいえると思います。

この石塚―茂木駅間の路線は、代替バス路線ということもあり、
普段は茨大前所属の貸切登録のRainbow RB(後にLiesse)が、
専属的に運用されていたのですが、この路線の途中には、
このようなマイクロバスサイズのバスでも苦しいような狭隘区間があり、
Rainbow RBの検査時、代わりにこの車が石塚車庫に来ると、
わくわくしながら、わざわざ乗りに行ったものです。
もちろん、茨大前には他にも中型車がたくさんいたのですが、
どいうい訳か、予備車として石塚車庫にくるのは、
殆どこの車だったように記憶しています。

登録番号がラッキーセブンなのも目立つ存在で、
見かけるとなんとなく嬉しい気分になったのも懐かしいですね。

Journey Kはフルモデルチェンジされることがなく、
長期に渡って生産されていたため、
あまり経年車という印象はありませんが、
この車は1984年式と車令25年を超えており、
時の流れに驚かされます。