茨城交通」カテゴリーアーカイブ

茨交県北バス 水戸22あ1766

茨交県北バス 水戸22あ1766/日産ディーゼルP-U32K+富士重工業(5E)

西武バス中古車で、少数派の短尺車です。
ホイールベース4.8mの短尺車は、
元々今は亡き田無営業所に配置されていた車で、
管内に狭隘路線を抱えることや、
営業所の敷地自体が狭隘であることから、
このような短尺車を導入していたようです。
オイル点検蓋を車内に設置していたのも、
この田無営業所配置車の特徴です。

同じ短尺車の場合でも、
都営中古は戸袋前の窓が二枚であるのに対し、
西武中古は戸袋前の窓が三枚となっています。
側面方向幕の位置の関係だと思われますが、
後者の方がやや長めに見えるのが面白いですね。

少数派の短尺車だけに茨交でも淘汰が進み、
現在、茨交本体では全廃、県北のこの車が現存するのみです。
田無営業所も滝山営業所西原車庫に移管された今、
このような車も貴重な存在ですね。

茨交県北バス 水戸22あ・837

茨交県北バス 水戸22あ・837/日野P-HT225AA+日野車体(BlueRibbon)

万博車の末裔で今や貴重となったHT22系のブルーリボンです。
爆音で有名なRT22系に対して、HT22系は影が薄く、
特に県北では富士重車体を架装する車もいるので、
日野車体のこちらはいまいち目立たない存在ではあるものの、
角ばったリアスタイルなどもっと注目されて良い車だと思います。

特にRC系と同じER200型エンジンの迫力ある音は、
富士重車体よりも日野車体の方がより楽しめると思います。

前面方向幕周囲は特注でブラックアウト処理されていますが、
ブラックアウトが標準仕様となったU-HT系とは、
仕上がりが異なっている点も案外目立つポイントですね。

これら日野車体の万博車は主に茨大前に配置されて、
長距離で朝夕はそこそこの乗客数がいた、
茨城交通茨城線の代替路線としての性格を持つ
石塚方面の路線に多く充当されていたと記憶しています。
間合い運用で市民球場行きなどにも充当されていましたが、
私もこの車の遼車には何度も乗車していて、
県北の中でも特に思い入れのある車です。

同型の遼車の思い出も多く、
839が遅くまで車体更生を受けないままいたこと、
869が故障して走行不能となるのを二度も体験したこと、
(一度目はクラッチ故障、二度目は冷却水漏水でした)など、
今や懐かしい限りです(不謹慎ですが時効ということで勘弁して下さい)。

そういえば、この車が登場して間もないころ、同型車とすれ違った際、
母が「今のバス、ドア開けたまま走ってなかった?」と、
驚いていたこともありました。
茨交ではまだスケルトン車が珍しかった当時、
サッシが黒塗りでガラス面積も大きい同型車は、
確かに遠目にその様に見えたのでしょうね。

リアの帯は元々赤色の太帯と青色の細帯の組み合わせでしたが、
1996年頃に車体更生を受けた際に今の姿となりました。
併せて座席が緑の縦縞のものから緑一色のものに変更され、
同時に車内の塗り直しも実施されました。

この車は腐食防止のためか、現在はモールが撤去されていて、
リアの表情は更に独特なものとなっています。
これら万博車は年内にも淘汰される予定であるとのことですので、
記録される方はお早目に訪ねられると良いと思います。

茨交県北バス 水戸22あ・790


茨交県北バス 水戸22あ・790/日野P-RJ172BA+日野車体(Rainbow)

茨交県北バスではこの手の一つ目RJが活躍を続けていますが、
この車はその中でも古参車として類される1985年式の車です。
当時の茨交としてはごくごく標準的な仕様となっています。

この車は元々、大宮営業所に配置されていた車で、
県北自社発注車(茨交の大子営業所に直接投入された車)と異なり、
メロディバスとして活躍していた痕跡である、
前面上部のスピーカーの撤去痕がないこと、
後部の帯が更生時に、従来の赤色の太帯と青色の細帯から
青色の太帯と赤色の細帯へと変更されたこと、
これらが見分けるポイントとして挙げられるかと思います。

大宮時代のこの車には、私自身も44系統や61系統などで
何度か乗ったことがあり、個人的には思い入れのある車です。
このように単なる経年車が集っているだけではなく、
私のような茨交の利用者にとっては、思い出の車が集っていることも、
県北の魅力といえるかもしれません。