
北海道拓殖バス 帯広200か・180/三菱U-MP218K+富士重工業(7E)
関東バス中古車です。
関東バス時代の社番はC2001で、
2両のみだった貴重な2000代のうちの1両です。
C2001は1995年式ではありますが、
関東バスでは輸送力を確保するために、
三扉車の2000代・3400代・3000代・5100代に、
NOx・PM低減装置を取り付けて延命を図っており、
C2001も2011年まで荻窪を中心に活躍していました。
従って、車令16年と中古車としてはかなり経年車で、
更に、国内流通の中古車としては不人気な三扉車である、
C2001が十勝平野で再起したことは注目されます。
拓殖バスは元々三菱車を主力としているため、
三菱車である2000代の移籍は順当な気もしますが、
呉羽車体工業製の車体を主に選択していたために、
富士重工業製の車体の車はごく僅かで、
特に7Eは、これが初登場になると思われます。
なんといっても、特筆されて然るべき点は、
塗装に変更されているのにも拘わらず、
関東バス時代の旧社番が残されたままに
このように運用に就いていることです。
関東バス時代は側面前方及び後方と後面下部の
計五ヶ所にそれぞれ社番が記入してありましたが、
拓殖バスが関東バスに許可をとった上で
この社番を同一箇所に復元した、とのことです。
これは、C2001がファンに人気の高かったが故に、
拓殖バスがファンサービスとして実施されたもので、
事業者による非常に粋な計らいと言えます。
多くの事業者では、中古車の投入に際して、
このような前事業者の諸々の表記は消してしまうので、
以前の社番等を特定するのは困難な場合が殆どですが、
この車は、従って、簡単に特定することができます。
ちなみに、先行して関東バスより拓殖バスに移籍した、
1000代のC1005・D1007は移籍直後は、
それぞれ、帯広200か・153、帯広200か・151として、
関東バス時代の社番を消して登場したものの、
こちらもその後、2両とも、やはりファンサービスとして
関東バス時代の社番が再記入されています…(参考記事)
また、外装はコストダウンに向けたテストケースとして、
前面・屋根を除いてラッピングで仕上げられており、
細部に関東バス時代の名残を感じることができます。
拓殖バスとしては初の三扉車だと思いますが、
移籍後は当然ながら、中扉のみの使用とされていて、
中扉の窓には「乗車口」と書かれたステッカーが、
後扉の窓には「こちらの扉は開きません」と書かれたステッカーが、
それぞれ貼られているのが目立っている他、
後扉には「この扉は開きません」の文字も入っています。
その他、投入に当たって行われた改造は、
行先表示機のLED化が目立つ程度となっています。
車内も拓殖バスによるファンサービスの一環として、
極力関東バス時代のままの姿を維持するべく、
改造はワンマン機器の交換など最低限に留められ、
車内表記も極力、関東バス時代のものが活かされていて、
優先席ステッカーもそのまま残っています。
後扉は車内側に簡素な仕切り板を設けた上で、
ステップ上にヒーターが追設されただけとなっており、
関東バス時代の姿への復元が考慮されています。
追記:
バスマガジン Vol.50の記事をもとに
加筆・修正致しました。
北海道は雪が厳しいため、バスが遅延することがあるようですが、僕は北海道のバスを応援してあげたいです。
>>匿名様
コメントありがとうございます。
北海道をはじめ、雪がよく降る地域では、
ロードヒーティングシステムや除雪車などの
雪に対するインフラが整っていますし、
何より地域住民も雪には慣れていますから、
降雪による混乱はそれほどでもないですね。
ただ、やはり苦労は多いでしょうね。