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茨城オート 181J

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茨城オート 181J/日産ディーゼルU-RP210GAN改+富士重工業(7E)

関東バスの中古車で、珍しい9m大型車である、
関東バス時代の社番が200代だった車です。
型式末尾の「改」は本来、当型式はエアサスのみの設定ため、
改造扱いでリーフサスとしたとのことで、
型式はG「A」Nながら、リーフサス仕様です。

関東バス時代の社番はE206で1991年式です。
五日市街道営業所に配置され、川南線などの
狭隘路線で活躍していた様です。
同時期の関東バスは、機械式ATの車を導入していましたが、
本型式では機械式ATに対応していないため、
フィンガーシフトでの導入となり、
同時期の関東バスの車としては珍しく再就職を果たしています。
他に大島旅客自動車にも移籍している様です。

オートとしては初の日産ディーゼル車で、
社番としては中型扱いのJとなっています。

外観上は前面バンパーへの系統番号サボ受け設置をはじめ、
他車同様、様々に手が入れられていますが、
車内は殆ど、関東バス時代のままとなっていて、
優先席を示すステッカーもそのままとなっています。

現在でこそ、この様に中古車を導入しているオートですが、
かつては中古車を流通させていた事もあった様です。
特に不思議な事例としては、茨城オートから神鉄運輸サービスへ、
更にそこから北陸鉄道系の能登中央バスや加賀白山バスに移籍した、
日野P-AC140AAが挙げられます。
この車は1984年から1986年頃に導入された様ですが、
キャブオーバーエンジンのマイクロバスにも拘らず、
2つの扉と方向幕を持つ路線仕様だった様で、
オート時代はどういう用途で利用されていたのか気になるところです。

茨城オート 91J


茨城オート 91J/日野P-RJ172BA+日野車体(Rainbow)

オートには数多くの一つ目RJが活躍を続けていますが、
1984年式の写真の91Jと、同時に購入された92Jのみは、
他の車と違い、側面方向幕が腰板に設置されています。
ただし、同じ1984年式でも93Jは通常位置への設置です。

この仕様は同時期の茨城交通自社発注車にも見られるもので、
茨城交通でもオートと同じく1983年式までと1985年式以降は、
側面方向幕が通常位置なのにも拘らず、この年式の一部の車のみ、
どういう訳か側面方向幕が腰板にあります。

なぜ茨城交通及び茨城オートで、この時期に限り、
側面方向幕を腰板部に設けたかは謎ですが、
必ずしも車両の仕様が一致しない、
茨城交通と茨城オートとの間でこのように、
仕様に共通点があるのは興味深いところです。

しかし、それ以外の点においては扉配置を除けば
同一年式の同一車種であっても差異は意外に多く、
ミラーが茨交が幽霊ミラーなのに対し、オートは一般的なもの、
足元灯が茨交が後扉のみなのに対し、オートは前後に、
車外スピーカーが茨交が縦型なのに対し、オートは横型、
という具合に外観上でも細部には多数の差異があります。
また、内装も茨交とオートではかなりの違いがあります。

茨城オート 22J


茨城オート 22J/日野P-RJ172BA+日野車体(Rainbow)

オートの主力として、なおも君臨する、
いわゆる「一つ目レインボー」の最終増備車となったのが
1987年式で、この年は21J・22Jの2両が投入されています。
21Jは登録番号が水戸22あ1060であるにも拘わらず、
22Jは登録番号が水戸22あ1059と、この2両は
社番と登録番号とがちぐはぐになっている点は注目です。

車体後部には懐かしの「Hino RJ」のオーナメントが
残されているのが、また泣かせます。
このオーナメントは撤去されている車もいますが、
前扉直後の窓柱には「HINO Rainbow CITY」のロゴが
残されているのは他車も共通です。

内装は、上半分が褐色・下半分が茶色の内張りと
されていることは01Jと共通ですが、
座席表皮は褐色に臙脂色のチェック柄のものへと
このロットより変更されています。