月別アーカイブ: 2011年9月

北海道拓殖バス 帯広200か・180


北海道拓殖バス 帯広200か・180/三菱U-MP218K+富士重工業(7E)

関東バス中古車です。
関東バス時代の社番はC2001で、
2両のみだった貴重な2000代のうちの1両です。
C2001は1995年式ではありますが、
関東バスでは輸送力を確保するために、
三扉車の2000代・3400代・3000代・5100代に、
NOx・PM低減装置を取り付けて延命を図っており、
C2001も2011年まで荻窪を中心に活躍していました。
従って、車令16年と中古車としてはかなり経年車で、
更に、国内流通の中古車としては不人気な三扉車である、
C2001が十勝平野で再起したことは注目されます。

拓殖バスは元々三菱車を主力としているため、
三菱車である2000代の移籍は順当な気もしますが、
呉羽車体工業製の車体を主に選択していたために、
富士重工業製の車体の車はごく僅かで、
特に7Eは、これが初登場になると思われます。

なんといっても、特筆されて然るべき点は、
塗装に変更されているのにも拘わらず、
関東バス時代の旧社番が残されたままに
このように運用に就いていることです。
関東バス時代は側面前方及び後方と後面下部の
計五ヶ所にそれぞれ社番が記入してありましたが、
拓殖バスが関東バスに許可をとった上で
この社番を同一箇所に復元した、とのことです。
これは、C2001がファンに人気の高かったが故に、
拓殖バスがファンサービスとして実施されたもので、
事業者による非常に粋な計らいと言えます。

多くの事業者では、中古車の投入に際して、
このような前事業者の諸々の表記は消してしまうので、
以前の社番等を特定するのは困難な場合が殆どですが、
この車は、従って、簡単に特定することができます。

ちなみに、先行して関東バスより拓殖バスに移籍した、
1000代のC1005・D1007は移籍直後は、
それぞれ、帯広200か・153、帯広200か・151として、
関東バス時代の社番を消して登場したものの、
こちらもその後、2両とも、やはりファンサービスとして
関東バス時代の社番が再記入されています…(参考記事)

また、外装はコストダウンに向けたテストケースとして、
前面・屋根を除いてラッピングで仕上げられており、
細部に関東バス時代の名残を感じることができます。

拓殖バスとしては初の三扉車だと思いますが、
移籍後は当然ながら、中扉のみの使用とされていて、
中扉の窓には「乗車口」と書かれたステッカーが、
後扉の窓には「こちらの扉は開きません」と書かれたステッカーが、
それぞれ貼られているのが目立っている他、
後扉には「この扉は開きません」の文字も入っています。
その他、投入に当たって行われた改造は、
行先表示機のLED化が目立つ程度となっています。

車内も拓殖バスによるファンサービスの一環として、
極力関東バス時代のままの姿を維持するべく、
改造はワンマン機器の交換など最低限に留められ、
車内表記も極力、関東バス時代のものが活かされていて、
優先席ステッカーもそのまま残っています。
後扉は車内側に簡素な仕切り板を設けた上で、
ステップ上にヒーターが追設されただけとなっており、
関東バス時代の姿への復元が考慮されています。

追記:
バスマガジン Vol.50の記事をもとに
加筆・修正致しました。

豊島運輸 野田22か・・94


豊島運輸 野田22か・・94/三菱KC-MK619J?+三菱バス製造(AeroMidi)

芝浦工大柏中高のスクールバスは、
柏駅発着と新柏駅発着のふたつの系統がありますが、
そのいずれもが豊島運輸によって運行されています。
しかし、柏駅からは東武の路線バスも利用できるため、
本数の上では新柏駅発着系統に重点が置かれており、
柏駅発着系統の本数はそれほど多くはありません。

ただし、朝夕だけは、路線バスの直行便という扱いで、
東武による柏駅発着のスクールバスも僅かにあり、
これのユーザーに配慮した措置なのか、不思議なことに、
東武の通学定期で豊島運輸の柏駅発着便にも乗れる、
という謎の多いサービスを行っているようです。

さて、この豊島運輸の芝浦工大柏中高特定車は、
大型車がその中心的存在となっていますが、
中型車もこのように時折見かけることができます。

この車はまた、希少価値の高い野田22ナンバーを
装着しているのも注目に値します。
1997年10月の野田自動車検査登録事務所開設に併せ、
払い出しの開始された野田ナンバーですが、
1999年5月から分類番号の3桁化が行われたため、
この野田22ナンバーの払い出し期間は1年半程で、
以降は野田200ナンバーに移行しているため、
近隣事業者を見渡しても100両程度だと思われます。

フロントグラスを屋根まで拡大した観光仕様の前面や、
銀サッシながら引き違い式のメトロ窓とされた側窓など
全体的に観光用らしい仕様とされていますが、
扉配置が中引扉とされているのが注目すべき点です。
恐らく、乗降時間の短縮のための設置だと思いますが、
乗合用よろしく、ちゃんと扉脇に「出入口」の表記があるのは、
ご愛嬌といったところでしょうか。

上記の型式は、銘板の確認が困難であるため推測ですが、
このような仕様なのでサスペンションについても、
リーフサスペンションとされている可能性も否めません。

また、こんな路線用を意識したような仕様であっても、
きっちりと鍍金のホイールキャップを装着しているのが、
なんともアクが強い印象で侮れません。
屋根には黄色のマーカーランプもきっちり装着されており、
なんともマニア心を擽る車に仕上がっています。

関鉄グリーンバス 1660G


関鉄グリーンバス 1660G/三菱U-MK218J+三菱バス製造(AeroMidi)

関鉄の三菱車は貸切車や高速路線車が中心で、
路線車では比較的少数派となっており、
路線車の主力である中型車でも投入は僅かで、
しかも、その配置はかなり偏りが見られ、
水戸営業所・鉾田営業所以外の営業所では
まとまった数が配置されることは稀でした。

1994年に一般路線車として投入された三菱車は、
フルモデルチェンジを果たしたばかりの本型式が、
1659YT・1660HKの僅か2両、投入されたのみで、
以降、三菱中型車の純粋な一般路線車としての投入は、
2005年の1885YT、及び、1893YT・1897MK投入まで、
11年ものブランクが空いてしまうことになります。

この1994年に投入された2両のうち1659YTは、
「つくば都心シャトルバス」用の1657YT・1658YT
予備車としての役割が強い配置となりましたが、
1660HKはこれまでも三菱車の多く配置されてきた
鉾田営業所へと配置されました。

2001年には関鉄メロンバスの設立に伴って、
関鉄メロンバス鉾田営業所へと移管され、
2005年には関鉄グリーンバスへの吸収に伴い、
関鉄グリーンバス鉾田営業所へと移管されましたが、
基本的に鉾田でずっと活躍をしています。

側面に併せて塗り分けられた前面のバンパーなど
外観はかなりスタイリッシュになっているものの、
車内は当時の関鉄としては標準的な木床とされ、
座席配置も関鉄らしく後半部が三方シートとなるもので、
座席表皮も緑色一色のものとされているなど、
近代的な外観とは裏腹に、古臭い印象は否めません。
ただし、車体更生の際に座席表皮が張り替えられ、
1809TR以降標準とされた柄物へと変更されており、
小綺麗な印象へと生まれ変わっています。

この車の投入以降、鉾田営業所への新車投入は、
1998年に1767HKが投入されたのを最後にして、
分社化後も含めて見送られており、寂しいところです。
ただ、鉾田営業所では長距離路線を抱えているためか、
グレードの高い中古車の投入が相次いでいて、
マニア垂涎のラインナップとなっています。

【諸元】
登録番号:水戸22あ1758
年式:1994
型式:U-MK218J
機関:6D17(8201cc 210ps/2900rpm)
ホイールベース:4.39m