月別アーカイブ: 2008年7月

茨城オート 201H

57FH000006
茨城オート 201H/いすゞU-LV324K+アイケイコーチ(Cubic)

国際興業中古車です。
オートとしては182Hに続く国際中古車で、
国際時代の社番が7500代だった車です。
182Hが国際時代の社番が7000代であった、
ショートフロントオーバーハング仕様であるのに対し、
こちらは標準仕様となっていて、非常口側では
窓割の差異が明確にお分りいただけると思います。

国際時代の社番は7677で、1995年式です。
浦和営業所に新製配置されたのちに、
浦和営業所の大宮営業所との統合により
さいたま東営業所に移管され、更に
観光志村営業所に移籍していました。

また国際興業では、この1995年式から
テールランプを角型へと仕様変更し、
更に乗降中ランプを設置するようになったことも、
メーカーのマイナーチェンジによる、
両側面後部のエンジン開口部の構造変更と共に
182Hとの外観上の差異となっています。
加えて、屋根上にある青色のマーカーランプが
182Hは移籍時に撤去されたのに対し、
201Hは残存しているのもポイントと言えます。

ただし、オートへの移籍に際しての改造は
182Hをはじめとする中古車と概ね同様で、
国際時代は中扉上のみだった足元灯が、
他車に併せて前扉上にも増設されている他、
国際時代は前中扉間にのみ設置されていた
車外スピーカーが撤去された上で新たに、
前扉後方及び中扉後方に設置されるなど、
オートらしく細部に手が入っているのは共通です。
また、戸袋窓周囲が紺色となっていることは
182Hと同様、国際時代の名残といえます。

182Hとの差異はまた、内装にも見られ、
182Hが内張りが黄緑色一色とされているのに対し、
201Hは内張りが白色一色に変更されている他、
車内の座席数もフロントオーバーハングが
延長されたために、こちらの方が一列多くなっています。
なお、この車は国際時代に車体更生を受けており、
車内には恒陽製作所の銘板が残されています。
一見似た様な車に見えるこの2両ですが、
実は細かに差異があるのが面白いところです。

茨城オート 81H


茨城オート 81H/日野KC-HT2MMCA+富士重工業(7E)

1996年には81H、82Hの2両の大型車が投入されましたが、
登録番号が続番なのにも拘わらず、どういう訳か
81Hは富士重工業製、82Hは日野車体工業製、というように
車体メーカーが分けられており興味深いところです。

日野を主力としてきたオートでは、かつてRE120などで
日野のシャシーに富士重工業製の車体を架装していた
時期もありましたが、その組み合わせは暫く途絶え、
日野のシャシーに日野車体工業製の車体を架装するのが、
路線車に関しては長らく標準となっていました。

そのような中で、1996年に至り、突如として再び
日野のシャシーに富士重工業製の車体を架装する
路線車が登場したことは不思議な感じがします。
とはいえ、貸切車に関しては例えば、
U-RU2FTABに富士重工業製7HDを架装した車や
U-RU3FSABに富士重工業製7Sを架装した車等
日野のシャシーに富士重工業製の車体を架装した
貸切車は比較的近年でも投入されていました。

なお、親会社である茨城交通では、
P-HT225AAに富士重工業製5Eを架装した車が
つくば科学万博に併せて投入された万博車の中に
存在していますが以降、その組み合わせはありません。

車体は違えども標準尺に銀サッシの組み合わせ、
という仕様は基本的に71Hを踏襲しています。
なお、銀サッシでの導入としてはこの年が最後で、
次の101Hからは黒サッシへと変わります。
日野車体工業製車体の方はメーカーの仕様変更で、
角型ヘッドライトになった点が目立ちますが、
富士重工業製車体の方では7Eの場合、
元々角型ヘッドライトなので特に目立ちません。
テールランプが角型へと変更されたことや、
ミッションがフィンガーシフトとなったことも、
メーカーの仕様変更によるものです。

非常口側の開口部が実に日野らしいですね。

茨城オート 113H


茨城オート 113H/いすゞP-LV314K+富士重工業(5E)

東京都交通局中古車で、1999年に112Hと共に
オート初の中古車、かつ、いすゞ車、かつ、5Eとして、
投入された車で登場時はかなり目立つ存在でした。
1988年式で都営時代はT代の局番だった車です。
なお、同型車は茨城交通にも多数投入されていて、
中には、水戸200か・・36という112H・113Hと続番の
登録番号を名乗っている車も存在しており、
水戸市内では塗装が異なる同型車同志が
すれ違う光景も見ることができます。

サイドミラーがいわゆる幽霊ミラーであること、
屋根上に弁当箱と呼ばれる角型通風器を持つこと等、
いずれも都営時代の仕様を色濃く残していますが、
112Hはサッシを黒色に塗り替えたにも拘わらず、
113Hはサッシは銀色のままとされており、
その点で、こちらの方が原形を留めていると言えます。

とはいえ、オートらしく細々と手が入れられていて、
前面のナンバープレートの位置が変更されている他、
前扉上にも足元灯が増設されていること、
バンパーを銀色から黒塗りへと改められたうえで、
系統番号サボ用のサボ受けを付けたこと、
中扉前方にあった車外スピーカーを撤去したうえで、
前扉後方と中扉後方に車外スピーカーを新設したこと、
前面方向幕が横方向が少々詰められたものに、
側面方向幕が標準サイズのものに、各々交換されたこと等、
茨交の同型車と比べると原形と異なる点も多いです。
特に側面方向幕は違和感のある仕上がりとなっています。

2008年に112Hが廃車となって以降も、
オート最後の5Eとして活躍を続けてきましたが、
2009年に211Jの投入により廃車となりました。