月別アーカイブ: 2008年4月

茨城オート 12J

46FH040009t
12J/日野P-RJ172CA+日野車体(Rainbow)

いわゆる「一つ目レインボー」に続いて投入された車で、
1989年に11J・12Jの2両が投入されていますが、
登録番号は続番ではなく、ロットは分けられています。
なお、元号の変化に応じて、
この車から社番の付番体系が変えられており
少々ややこしくなっています。

外見こそ、メーカーのモデルチェンジに加えて、
目立つのはなんといっても塗装が明るめになった点ですが、
内装は、相変わらず木張りの床とされていて、
座席は褐色に臙脂色のチェック柄の表皮となる等、
ほぼ「一つ目レインボー」を踏襲しています。
ただし、内張りがに上が褐色・下が茶色のものから、
褐色一色のものへと変更され少々明るい雰囲気となりました。

他車にも共通することですが、
外見は茨城交通と色違いといった印象でも、
内装は塗装や保護網の設置など、
茨交のそれとはかなり異なっている点に、
茨城オートの独自性を感じます。

茨城オート 182H


茨城オート 182H/いすゞU-LV324KS+アイケイコーチ(Cubic)

オートで初導入となる国際興業中古車で、
いすゞ車の投入としては東京都交通局中古車に続くものです。
ホイールベースこそは4.8mのK尺としながらも、
フロントオーバーハングを0.14m詰め、全長を9.99mに抑えた
ショートフロントオーバーハング仕様であることが特徴の
国際時代の社番が7000代であった車です。
前扉と前輪タイやハウスとの間隔に注目すると、
フロントオーバーハングの短さが分かると思います。
なお、7000代では当初、側面方向幕は標準サイズで、
設置箇所は中扉の直後とされていましたが、
この車は1991年式以降に採用された大型サイズで、
設置箇所は戸袋窓の前方とされています。

国際興業時代の社番は7213で、1992年式です。
この車は大宮営業所に新製投入され、
最後は飯能営業所で活躍していました。
国際時代に車体更生を受けており、
車内にはその際の交運社の銘板もあります。

オートへの移籍に際しては、他車と同様に
前扉上にも足元灯増設されたことの他、
国際時代は前中扉間にのみ設置されていた
車外スピーカーが撤去された上で新たに、
前扉後方及び中扉後方に設置されたこと、
屋根上のマーカーランプも撤去されたこと、
前面方向幕が横方向が少々詰められたものへ、
側面方向幕が標準サイズのものへと、
それぞれ交換されたことなど、改造されています。
リアの乗降中ランプも移籍時に取り付けられたようです。

一方、車内はあまり手がつけられていない様で、
黄緑色一色の内張りが印象的です。
中扉窓のステッカーも残っています。

茨城オート 01J


茨城オート 01J/日野P-RJ172BA+日野車体(Rainbow)

オートの主力、「一つ目レインボー」の生き残りです。
同年式の自社発注大型車が廃車になっていますが、
中型車であることが幸いしてか活躍を続けています。
この車は1985年式ですが、この年の増備車は、
大型車主体であり中型車は01Jが唯一です。

画期的な中型スケルトンバスとして
全国的に投入されてきた「一つ目レインボー」も、
大分姿を消しているようですので、
前部に搭載されたクーラーのエバポレーターが目立つ
個性的なスタイリングを残しながら
現役で活躍する姿を記録し続けたいものです。

車内は上半分が褐色・下半分が茶色とされ、
座席は乗降口側が一人掛、非常口側が二人掛が主体で、
表皮は臙脂色に花柄の刺繍が入れたものです。
床は木床とされています。
また前扉直後に保護網が設置されているのも目立ちます。

手入れが行き届いているオートとはいえども、
流石に経年による老朽化は否めず、
内外共に痛みが見られます。
2008年に201Hの投入により廃車となりました。